「詩壇随感」

 四十歳にもなつて詩を作るとは、何といふ悲惨事だらう、と東郷青児君が言つた。全くである。(畫家はうまいことを言ふ。)詩を作るといふ衝動は、人生の最もやるせない、せつぱ詰つた精神の餓飢である。人が四十代にもなつて、未だ尚心の帰すべき家郷を知らず、少年のやうに感傷して詩を作るといふのは考へるだけでも傷々しいミゼラブルではないか。自ら顧みて暗然たるもの、あに僕一人のみの宿命ならんや。人生うたた蕭條、生理いづくんぞ説くを得んである。
 二十代の恋は幻想(ヴィジョン)である。三十代の恋は浮気である。人は四十歳に達して、始めて眞のプラトニックな恋愛を知る、と言つたゲーテの言葉はそつくりまた詩の方にも適用される。人は四十歳に達して、始めて眞に「詩」の内奥的な悲しさを知り、同時にまたそのひそやかな嬉しさを知る。四十を越して尚詩心(ポエジイ)を失はない人こそ、老いて恋をしたゲーテと共に、眞の意味での生れた詩人なのである。

萩原朔太郎(1886-1942)
『生理』1934(昭和9)年5月号

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