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「自序」 『絶望の逃走』

…抒情詩は、私の生活に於ける「夜」であり、思想詩は、私の生活に於ける「晝」であつた。抒情詩するところの私は、夜の夢の中で恐ろしい夢魔にうなされたり、青猫の居る幻燈の町々を歩いたりした。夢の中で見る世界のことは、様々の錯覺と幻影とに滿たされて居り、到底晝間の常識では捕捉されない。時としては、平常の意識が全く思ひがけないやうな意外のことさへ、夢の現象の中には現はれて來る。抒情詩人としての過去の私は、つまり言つて夢遊病者のやうなものであつた。しかしながらどんな夢も、自分の心象にないことを浮べはしない。夢を科學的に分析すれば、その人の全精神過程が歴々と現はれて來る。夢は魂の最も正直な告白である。そしてこれがまた、魂の告白の文學として、抒情詩の最高に尊ばれる所以でもあるだらう。

 ……

 

萩原朔太郎 「自序」 『絶望の逃走』 1935.