風俗壊亂の詩とは何ぞ

 

 私の詩集「月に吠える」は二十一日になつて突然發賣禁止の内達を受けた。その理由は集中のある一、二の詩篇に風俗を壊亂するものがあるといふのださうだ。
  ……
 禁止されたものは「愛憐」及び「戀を戀する人」の二篇であつて、共に性慾に關する一種の憧憬及びその美感を歌つた者ではあるが、その取材といひ内容といひ極めて典雅な耽美的の抒情詩であつて、どこに一つの不思議もないものである。若しかやうな詩篇が風俗を壊亂するといふのなら、古來のあらゆる抒情詩の中でいやしくも戀愛に關するものは悉く禁止されなければならない筈である。思ふにこの標準で行くと聖書の「雅歌」や日本の「萬葉集」などは最も風俗壊亂の甚だしい詩歌にちがひない。何故彼等は聖書の發賣禁止を命じないか。
 私はこの餘りに馬鹿馬鹿しい憤激と反感とを表現するのに一種の皮肉な微笑を感ぜずには居られない。……
併し幸にも「月に吠える」は當時まだ市中の書店に配本されて居なかつたため警保局の特別なる好意(詩集であるが故に)に由つて全部の没収を免かれた。それで集中からその注意された淫猥な詩篇一、二篇を削除して再び改版の上世に出ることになつた。
 ああ、風俗壊亂の詩とは何ぞ。この問題は私にとつて思議することの出來ない神秘である。今はただ改版になつた自分の詩集が、たいへんお目出度い官許の詩集であるといふ意味のことだけを述べておく。

萩原朔太郎 1886-1942)
『上毛新聞』1917(大正6)年2月25・26日
萩原朔太郎全集 第六巻』筑摩書房 1987(昭和62)年3月10日補訂版