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生田春月「哀歌」

 

今夜は幾日(いくか)、月は出ない、
空は冷光の星にかざられて
何事もなげに地を蔽ふ。

星よ、おまへはこの土地を見る、
痛み傷ついた大地を
裂けた地上を、
崩れ落ちた海を見る、
隆起した港を
失はれた都市を、
暗い灰燼の中によこたはる
死者の骨片を、その堆積を。

おお星よ、
おまへはそれを見て悲しむか
悲しみもなく、喜びもなく、
おまへは冷然としてそれを見てゐる。

だが、その地上の一角を
目にさだかならぬ壊滅を
ただ見てすぎるにも、人間は
心は重く重く沈んでくる、――
かうして大きな闇の中を
幾時間も幾時間もわたしはさまようた。

九段の坂の上から、悲しい心で
ずつと市街を見おろすと、
バラックはここかしこ
仄かな灯影(ほかげ)を見せてゐる、
いかばかりの嘆き
いかばかりの諦めが、
そこにその暗い提灯の火を見てゐるだらう。

疲れて、沈んで、
うちのめされた心もちで、
暗い路をかへらうとすると、
空はあやなくかきくもり
雨がはらはらと降つて來た。

十七夜、美しい月かげを見ず、
降るは雨、バラックの上に、
日本橋、京橋の死滅せる建物の上に、
ひと雨、ひと雨、寒くなつてゆく
秋の夜の雨が降りだした――
灰燼と、焦土との上に。

生田春月(1892-1930)
 『自然の恵み』 新潮社 1925(大正14)年5月

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