或る日の朝、珍らしく早起きして床を片づけてゐる所へ、思ひがけなく芥川君が跳び込んできた。此處で「跳び込む」といふ語を使つたのは、眞にそれが文字通りであつたからだ。實際その朝、彼は疾風のやうに訪ねてきて、いきなり二階の梯子を駆け登つた。いつも、あれほど禮儀正しく、應接の家人と丁寧な挨拶をする芥川君が、この日に限つて取次ぎの案内も待たず、いきなりづかづかと私の書斎に踏み込んできた。
 自分はいささか不審に思つた。平常の紳士的な芥川君とは、全で態度がちがつてゐる。それに第一、こんなに早朝から人を訪ねてくるのは、芥川君として異例である。何事か起つたかと思つた。
「床の中で、今、床の中で君の詩を讀んで來たのだ。」
私の顔を見るとすぐ、挨拶もしない中に芥川君が話しかけた。それから氣がついて言ひわけした。
「いや失敬。僕は寝巻きをきてゐるんだ。」

萩原朔太郎 1886-1942)
芥川龍之介の死」
『改造』第九巻第九號 1927(昭和2)年9月號 初出
萩原朔太郎全集 第九巻』筑摩書房 1987(昭和62)年6月10日発行