ヒツクリコ ガツクリコ◇千代田通りフラッグプロジェクトアーツ前橋と前橋文学館をつなぐ約400mの千代田通りを中心に、参加作家のManiackers Designがデザインしたオリジナルのフラッグを掲出します。 pic.twitter.com/Sso0TyfU6R— 朔太郎通信 (@Sakutaro1917)…

……「僕は生涯講演なんかやらないよ。もうこりこりさ。」「却々旨いから遣れよ。」 萩原は嘘をつかない男だから實際相當に聽けたもののやうに云つたが、かういう萩原の言葉にさへ身ぶるひを感じた。室生犀星 「冬の日日」 pic.twitter.com/XaA5fgX5AT— 朔太郎…

……私は庭とけふも話をしてゐた私は庭の肩さきに凭れてうつとりとしてゐた私は庭の方でも凭れてゐることを感じた私は誰よりも深く庭をあいしてゐた私は私は庭にくちびるのあることを知つてゐた室生犀星「春の庭」犀星忌 pic.twitter.com/UyCYBkqkfC— 朔太郎通…

「詩壇随感」

四十歳にもなつて詩を作るとは、何といふ悲惨事だらう、と東郷青児君が言つた。全くである。(畫家はうまいことを言ふ。)詩を作るといふ衝動は、人生の最もやるせない、せつぱ詰つた精神の餓飢である。人が四十代にもなつて、未だ尚心の帰すべき家郷を知らず…

朔太郎の蔵書 その1

松居眞玄(松葉) 『亡國星』 春陽堂 1900(明治33)年9月13日発行 ※「この本もちぬし 萩原朔太郎」 朔太郎は1900年4月、(旧制)前橋中学入学。 幸田成行, 堀内文磨 『雪粉々』 春陽堂 1901(明治34)年1月17日発行 ※署名「萩原朔太郎」 幸田成行は幸田露伴の本名。…

高橋元吉は1893(明治26)年3月6日、群馬県前橋市で書店煥乎堂を営む高橋常蔵、志づ夫妻の次男として生まれた。 pic.twitter.com/xfHyuGmIon— 高橋元吉 (@Motokichi1893) 2017年3月5日

空はかなしき燻し銀利根もかなしき燻し銀いちにち座してしんしんと祈らるる。すみれ光りてたえがたくその紫はひろがりひろがり日光にいま及ばんと燻し銀をば破り出づ。 (一明館にて)室生犀星 「燻し銀」 『上毛新聞』 1914(大正3)年3月5日— 朔太郎通信 (@S…

萩原朔太郎研究会の設立

「朔太郎研究会」設立の議は一九六〇年前橋における「朔太郎祭」のとき地元側の声として発し、昨一九六三年「朔太郎忌」行事を機としてこれが具体化して、いちおう「朔太郎研究会」準備会として発足した。その目標は本年の「朔太郎忌」までにはこの会を正式…

風俗壊亂の詩とは何ぞ

私の詩集「月に吠える」は二十一日になつて突然發賣禁止の内達を受けた。その理由は集中のある一、二の詩篇に風俗を壊亂するものがあるといふのださうだ。 …… 禁止されたものは「愛憐」及び「戀を戀する人」の二篇であつて、共に性慾に關する一種の憧憬及び…

「季節と文學」

四季を文學にたとへて見れば、春は抒情詩、夏はドラマ、秋はエツセイ、冬は小説である。 私は少年の時に春を好み、青年の時に夏を好み、そして今中年になつてから、秋と冬が好きになつて來た。文學の方でも同じやうに、私は抒情詩人から出發して、次第にエツ…

萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館◇「はじめて出逢ったあの日へー教科書の中の萩原朔太郎ー」 2017年1月21日~3月18日 https://t.co/yTCI5ZUrk9 pic.twitter.com/RTntFb6EZ4— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年12月27日

『ソライロノハナ』抄

二月の海 大磯よ汽車にのりたくなりたれば 海が戀しくなりたればきぬ 悲しみて二月の海に來て見れば 浪うち際を犬の歩るける 砂山にうちはら這ひて煙草のむ かつはさびしく海の音きく 若きウエルテルの煩ひ 君に逢はず山百合つみて歸りくる 小出松原なくほと…

うつし世はゆめよるの夢こそまこと江戸川亂歩#パノラマ・ジオラマ・グロテスク— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年11月14日

前橋敷島公園松林萩原朔太郎「帰郷」詩碑の前に立つ三好達治三好達治去り、伊藤信吉去り、朔太郎記念館も去っていく。ぽつんと残される詩碑は寂しいだろう…… pic.twitter.com/Kd76fPEvTr— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年11月11日

◇対談「猟奇な二人の病気の話」2016年12月18日14:00~平井憲太郎氏(乱歩孫) × 萩原朔美前橋文学館館長(朔太郎孫)進行 安智史氏 / 手品・解説 栗原飛宇馬氏※11月19日より電話受付 先着100名 無料https://t.co/yTCI5ZUrk9— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016…

30年前の「萩原朔太郎生誕百年祭」プログラム pic.twitter.com/4xPq0Q0BQ6— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年10月31日

「自序」 『絶望の逃走』

…抒情詩は、私の生活に於ける「夜」であり、思想詩は、私の生活に於ける「晝」であつた。抒情詩するところの私は、夜の夢の中で恐ろしい夢魔にうなされたり、青猫の居る幻燈の町々を歩いたりした。夢の中で見る世界のことは、様々の錯覺と幻影とに滿たされて…

風俗壊亂の詩とは何ぞ

私の詩集「月に吠える」は二十一日になつて突然發賣禁止の内達を受けた。その理由は集中のある一、二の詩篇に風俗を壊亂するものがあるといふのださうだ。 …… 禁止されたものは「愛憐」及び「戀を戀する人」の二篇であつて、共に性慾に關する一種の憧憬及び…

『震災殉難記』の発禁

本誌九月臨時増刊『震災殉難記』が、安寧秩序を紊乱するものとして、発行即日発売禁止を命ぜられた。安寧秩序紊乱するものは果たして誰だ! 頭かくして尻かくさず、諸君--、支配階級のこの血迷へる反動政策の正體を、我々は、ハッキリと見極めやうではない…

生田春月「哀歌」

今夜は幾日(いくか)、月は出ない、空は冷光の星にかざられて何事もなげに地を蔽ふ。星よ、おまへはこの土地を見る、痛み傷ついた大地を裂けた地上を、崩れ落ちた海を見る、隆起した港を失はれた都市を、暗い灰燼の中によこたはる死者の骨片を、その堆積を。…

萩原朔太郎が撮影した関東大震災直後焼け野原となった神田駿河台旧ニコライ堂付近。朔太郎はリュックに食料を詰めて、大宮からは汽車が不通のため徒歩で東京の親戚宅に向かった。 pic.twitter.com/v6oridzg9I— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年9月1日

萩原恭次郎 「南葛を唄ふ」

南葛を唄ふ --大震災の時×××で×られた同村のSに--*1南葛の夜は燃える、焼土に、焼土に立つた工場と光るトタン屋根とナマコ板の塀とゴミの流れ寄つてゐる川と、煤と黒煙とぼいらあとを一つの夜に溶かして燃える。帝都のただれた夜の灯を焼き返し燃える。…

朔太郎通り萩原朔太郎生家跡 pic.twitter.com/UlFZ5OxRNN— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年8月15日 前橋花火大会利根川と大渡橋 pic.twitter.com/h0qipFPv8i— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年8月13日

『帆船』12号・1923.5裏表紙に掲載の広告 pic.twitter.com/CWsF3xiKa9— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年7月13日

渡邊 渡 詩集『東京』

世紀の朝はまだ遠く熱いお茶を一杯だけ飲んで私はまた冷たい寝床にはいつた。――氷河の匂ひのする私の寝床だ。私の生涯を通じて、ところどころに、この寂たる氷河の匂ひのする寝床があつた。そして、そこに入れた足と下半身は曉まで冷たい。かかる陰濕な寝床…

小生十五年ぶりで關西旅行です、幸子と同行、榮次さんの御案内で只今奈良を見物、これから京都行の汽車中でこの端書をかいてゐます、萩原朔太郎 廣瀬若子宛 1924年5月29日 pic.twitter.com/TSok60wtoC— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年6月19日

雨はしとしととふる生きてゐたらなにをしてゐるか、つゆふかくいまごろはたいくつして顔ぢう皺だらけにしてゐるだらう。たいくつをすると年をとり皺はいや深くなる。室生犀星 「皺」『我友』 博文館 1943.— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年6月21日

こころ

こころをばなににたとへん こころはあぢさゐの花 ももいろに咲く日はあれど うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。 こころはまた夕闇の園生のふきあげ 音なき音のあゆむひびきに こころはひとつによりて悲しめども かなしめどもあるかひなしや ああこの…

父は永遠に悲壯である。萩原朔太郎 「父」『宿命』 創元社 1939..— 朔太郎通信 (@Sakutaro1886) 2016年6月19日

…十九世紀には、人妻のノラが家出し、二十世紀には、ノラの娘たちが家出をする。家に一人殘されてるのは、彼の孤獨な父ばかりである。今の時代に於ては、すべての中で父が一番悲しいのである。萩原朔太郎「家庭(父の悲哀)」『絶望の逃走』1935.— 朔太郎通信 …